福島県の伝統工芸品大堀相馬焼のインターネット通販直営店です。

伝統を守りながら次の100年の文化と歴史を残し続けています。

 

大堀相馬焼 豆皿セレクション 福のまめ皿 5枚セット(受注生産 約2ヶ月待ち)

福島県12市町村にあるモノやコトをデザインし、大堀相馬焼の5つの窯元たちがそれぞれ手に取りやすいサイズの豆皿を作りました。
絵柄は地元の人たちと一緒に考えた、その土地ならではのデザイン。
有名なものから、地元の人しか知らないものまで様々です。
福島が好きな人、福島に行きたい人、福島をこれから知りたい人にこの豆皿たちを贈ってみませんか?

参加窯元
春山窯・いかりや窯・半谷窯・京月窯・松永窯

※こちらの商品は受注生産となるため制作からお届けまで約2ヶ月となります。
¥5,400 (税込)
いくら

浪江町は東北有数の鮭漁で有名です。請戸川のヤナ場は、市街地の南部と北部を流れる高瀬川と請戸川の合流点に程近い所に位置し、幅120mと東北一の規模を誇っており、10月中旬から11月中旬を最盛期とし9月下旬から11月下旬まで鮭狩りが行われます。
いわな

川内村は自然がやさしい清流の里で、その清流に流れるいわなは村の大事なシンボルです。養魚場でいわなを養殖しており、誰にでも渓流に生息するいわな釣りが楽しめます。釣った魚はそのままさばいて塩焼きにして食べることも。
凍み餅

凍み餅は、葛尾村に伝わる伝統食です。もち米に山野草のオヤマボクチ、ヨモギなどを混ぜて蒸した餅を水に浸し、気温が零下4〜5度まで下がる夜間に屋外につるし屋内で乾燥させます。寒冷地で伝わる貴重な食文化として伝えられています。
夜ノ森の桜

富岡町の春の風物詩、夜の森地区の桜並木。 1000本以上の桜が道路の両側に立ち並び、桜のトンネルを形成しています。その長さは約2500メートルもあります。昼間の景色はもちろん、夜のライトアップは圧巻です。
左馬

大堀相馬焼の馬は「右に出るものがいない」縁起物。 相馬藩への献上用の焼き物として栄えたことが大堀相馬焼誕生のきっかけです。相馬地方は馬が非常に身近な地域で、現在も「相馬野馬追」には数多くの人が訪れます。
 
商品について 福島県12市町村にあるモノやコトをデザインし、大堀相馬焼の5つの窯元たちがそれぞれ手に取りやすいサイズの豆皿を作りました。
絵柄は地元の人たちと一緒に考えた、その土地ならではのデザイン。
有名なものから、地元の人しか知らないものまで様々です。
福島が好きな人、福島に行きたい人、福島をこれから知りたい人にこの豆皿たちを贈ってみませんか?

参加窯元
春山窯・いかりや窯・半谷窯・京月窯・松永窯

※こちらの商品は受注生産となるため制作からお届けまで約2ヶ月となります。
素材 陶磁器
サイズ 直径85mm 高さ10mm
お手入れ 【1】ご使用前 高台(器の底)をご確認ください。
予め高台を滑らかにする作業を行っておりますが、ザラザラしていることがあればサンドペーパー等で磨くことをお勧め致します。
また、ご使用前に一度煮沸していただくことで、汚れや臭いが着きにくくなります。
陶器が全て浸かる程度の水あるいは米のとぎ汁を沸騰させ、弱火で約30分煮沸してください。
30分後、火を止めたら自然に熱が冷めるまで放置します。
熱が冷めたらよく水ですすぎ、十分に乾燥させてください。

【2】ご使用後 カビや汚れが着いてしまった場合には、市販の漂白剤を薄めて浸けてみてください。
ただし、頑固なカビや汚れは落ちないことがあります。
また、上絵等があるものは変色する可能性がございますので、漂白剤のご使用をお控えください。
嫌な臭いが着いてしまった場合には、10分ほど煮沸してみてください。
ただし、臭いが落ちないこともあります。
ご注意 こちらの製品は手作業で製造しているため、サイズ・形・色合いが多少異なる場合がございます。
予めご了承ください。
 
「大堀相馬焼の豆皿セット」制作プロジェクト
 
このプロジェクトは「福島県浜通り地方の風景や特産物などをデフォルメ・デザインして大堀相馬焼の豆皿に描く」というものです。

松永窯4代目松永武士が「福島県浜通り地方を訪れたみなさんに、その思い出を持ち帰って語ってもらえるような、物語性のあるお土産品を地域の皆さんと作りたい」と考え、ふくしまみらいチャレンジプロジェクトと共同で企画しました。

その絵柄の元となるモチーフを募るため、2017年11月25・26日の十日市祭で大堀相馬焼デザインワークショップを開催しました。


「十日市(とおかいち)祭」とは、福島県浪江の秋の風物詩のお祭りです。

300を超える露天が立ち並び、町内会ごとの御神輿が練り歩くほか、にぎやかな催しが盛りだくさんで、地方からも大勢の人が訪れる一大イベントです。

東日本大震災以降、十日市祭は避難先となった二本松市で開催されていましたが、2017年、実に7年ぶりに再び浪江町で開催する事ができたのです。

11月25・26日の両日とも会場は大賑わいでした。駐車場には80ほども露店がひしめき、その間を来場者が埋め尽くす往時をほうふつとさせる光景も。
帰還人口はまだ400人ほどの浪江町に、2日間あわせてなんと3万人近くが訪れたそうです。


大堀相馬焼デザインワークショップへ立ち寄ってくださったみなさんは、豆皿サイズ(直径約8.5センチ)の円の中へ、思い思いに「私の考える〇〇(浪江、南相馬、浜通り…)」を表現してくださいました。

集まった絵を見渡すと、
・浪江の花・コスモス
・リバーラインの花見が楽しみだった桜
・この時期ヤナ漁が盛んだった鮭
・勇壮な出初式に欠かせない大漁旗
・浪江以北が運転再開したJR常磐線などなど。

ユニークなところでは、
町内の除草に使われたヤギ、
浜通りで広く導入が進む太陽光発電のパネルを描いてくださった方も。
2日間で合計200点ほどのデザインが集まりました。 ブースにお立ち寄りいただき、ご協力くださった皆さま、どうもありがとうございました。

ここから福島大学生と一緒にデザインを整理し、 最終的に数種類を選んでデフォルメし、商品として完成させる事ができました。
 


浪江町内には、大堀相馬焼発祥の地である大堀地区を含む、まだ避難指示が解除されていない「帰還困難区域」が残っています。
この豆皿お土産プロジェクトにより、福島県浜通り地方、浪江町が再び活気を取り戻す事を願っています。
福島が好きな人、福島に行きたい人、福島をこれから知りたい人にこの豆皿たちを贈ってみませんか?


この商品を買った人がよく買う商品




大堀相馬焼の苦難

もともと福島県を中心に縁起物として買われていた大堀相馬焼ですが、2011年の震災の際、窯が震災の被害にあっただけではなく、陶器の命ともいうべき釉薬の原料を採っていた場所が原子力発電所の事故により立ち入りが禁止されてしまい、300年という相馬焼の歴史が終わるかもしれないところでした。

その後、福島県ハイテクプラザにより、震災以前に使っていたものと同様の発色をする釉薬が開発され、ひとまずは生産を再開することができました。

しかし、原材料とは別に大堀相馬焼の少し変わった生産体制も問題になりました。

大堀相馬焼では粘土から器を成型する“ろくろ師”と整形した器を焼き上げる“窯元”で分業されており、ろくろ師が各窯元を回る形で生産していました。そのため、「大堀相馬焼といえば青ひび模様の二重焼きで馬が描かれているもの」という他の焼き物より具体的な特徴を持っており、窯自体もろくろ師が回りやすいよう一地域に集中して展開していました。

しかし、震災後の避難により各窯は分散し、いくつかは閉業。相馬焼全体での生産力は大きく現象してしまいます。

その苦境を跳ね返すため、各窯元は粘土から器を整形する過程の一部を担当するなどろくろ師の負担を増やさない形での生産体制を作り上げていきました。

その過程で各窯でオリジナルの商品も多く生まれ"新しい大堀相馬焼"ともいえる姿になりました。

大堀相馬焼の二重焼き

最近では珍しくない二重構造の器ですが、この形が考案されたのは明治維新のころ。
廃藩置県により、藩主からの保護がなくなってしまったため他の地域の焼き物と競争しなければいけなくなったことによって生まれた特徴だといわれています。
まだホスピタリティという言葉もない時代に、既に使う人目線での商品開発をしていたことは驚きです。

必ず左向きの走り駒

“駆け駒”や“走り馬”、もしくはストレートに“左馬”と呼ばれることもある縁起のいい馬の絵ですが、実は焼き上げる窯元によって馬の絵はデザインが異なるのです。物産展や福島へのご旅行の際はそれぞれの違いを違いを楽しむのも面白いかもしれません。


他の大堀相馬焼の窯元はこちら